よくある質問

皆様からお寄せいただいた質問などにお答えします。
これら以外にご質問・ご意見などある方は、お問合わせフォームをご利用ください。

Q 全面開園はいつ頃になりますか?
A 平城宮跡は、奈良文化財研究所により、継続的な発掘調査・研究が行われています。(現在、全体の約3割程度の発掘調査が終了しています。)
一般的な国営公園の事例では、2~30年をかけて整備が進められていますが、本公園においても、このような発掘調査・研究のスケジュールと調整しつつ、その成果を活かしながら整備を進めていくため、同様に長い年月がかかるものと考えています(なお、鉄道の移設等も含めれば、より長期に渡ることもあると考えています)。
一方、公園としての整備効果を適切に発揮させていくという考えから、公園の開園については、全てを整備してから行うのでなく、段階的な整備の状況に応じて順次行っていく予定です。
Q 現在宮跡を横断している鉄道はどうなるのですか?
A 公園の基本計画では、遺構の復原や平城宮跡にふさわしい景観の形成、来園者の 安全確保、移動のしやすさなどの点から、将来の公園の姿として、鉄道が移設 されることを前提とした絵姿を記しています。
なお、移設については、奈良市内の渋滞対策やまちづくりの面も踏まえ、奈良県が主体となって検討を進めているところです。
ただし、移設については、例えば地下化を想定した場合、遺構を破壊しないか、水位変動により木簡等の遺物に影響を与えることがないか、隣接駅がターミナル駅であり地下化において多大な事業費が必要になるであろう中でその確保ができるかといった課題を検証、解決していく必要があります。
そのため、公園整備においては、途中段階においても公園の整備効果をできるだけ 発揮できるような段階的な整備を進めていく予定です。
Q 公園になると、柵が設けられ、出入りが制限されるのでしょうか?また、有料になるのでしょうか?
A これまでの平城宮跡の利用状況を踏まえて、公園を開園した場合でも、周囲に柵を設けることは考えておりません。
また、入園料をいただくことも考えておりません。ただし、新たに(又は従前に比較して)高度なサービスを提供することとなる施設やソフトについては、受益者負担として、施設やソフト単位ごとの料金をいただくことがありえます。詳しくは今後検討してまいります。
Q 「第一次大極殿」「第二次大極殿」はなぜ「第一次」「第二次」というのですか?
A 平城京は、聖武天皇の時代に、別の地域に転々と都が移され、再び戻ってくるということがなされています(平城京→恭仁京→難波京→紫香楽宮→平城京)。そのため、平城宮は大きく、奈良時代前半の姿と奈良時代後半の姿に分かれます。
この前半と後半で、大極殿の位置が大きく変わっています。これは、当初の元明天皇が建設した大極殿が、恭仁京遷都の際に解体、移築され再び聖武天皇によって再建された際に、別の区画に造られたためです。(因みに、元の区画は、後の称徳天皇の時代に、西宮として利用されています。)
このように、平城宮には時期の異なる大極殿が2つあり、これらは同じ時期には存在しなかったのですが、現在の平城宮跡では、前半の大極殿を建物復原、後半の大極殿を基壇復原(建物の基礎部分までの復原)して表示しているため、その区別ができるように、順に「第一次大極殿」「第二次大極殿」と呼んでいます。